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54 河渡宿河渡宿は長良川の渡しの為にできた宿であり、長良川の川幅は常水で50間(約90m)洪水の時は150間(270m)のもなった。川止の時はかなり混雑したという。町の長さは3町(327m)、東町、仲町、西町と続いていた。地理的には長良川の土手近くにあり、低湿地帯にあり、絶えず水害が絶えなかった。文化10年(1813)地盤の土盛りがされ、宿の高さが周囲より5尺ほど高くなった。 本陣1 脇本陣0 旅籠24 |
![]() 2009年10月24日、加納宿よりの続き。長良川の土手から階段を下りると 土手の下手に建つのが 河渡宿の荷駄人足が天保13年(1842)に100文づつを出し合い、愛染明王を祀るため建立したもの。元々宿入口の左側にあったものが老朽化したため、この所に移転し建て直された |
![]() ![]() 昭和20年空襲により、宿場は全焼して古い町は跡形も無くなっている。また長良川の改修により東側がなくなってしまった。しかしあちこち「河渡宿」の木造の常夜燈が立つなど、宿の保存には力を入れている。 「河渡宿」碑と「一里塚」碑とが一緒に立ててあり、また文化10年に土盛をした際の代官「松下内匠」を祀った |
![]() 宿の途中の電柱に |
![]() ![]() しばらく進むみ 道は右寄りに向い、正面に |
![]() 「糸貫橋」を渡ると「本田」で、左手に 台座には「文化六巳巳歳(1809)八月二十四日建立 濃州本巣郡上本田村」と刻まれています。とある。 |
![]() ![]() 代官所跡のすぐ左手に 12:01 |
![]() 五六川に架かる歩いている時は気づかなかったが、左手には「さぼてん村」というのがあってこのあたりはサボテン栽培で有名であるといいうことだった。 |
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